数々の映画やドラマで幅広い役柄を演じきり、エンタテインメント界を支える俳優の1人となっている柄本佑。
2021年は、1月期のドラマ『天国と地獄〜サイコな2人〜』でも活躍中だ。柄本の新たな主演映画は、『愛の新世界』(94年)など知られる高橋伴明監督・脚本の『痛くない死に方』。
兵庫県の在宅医・長尾和宏氏の著書『痛くない死に方』『痛い在宅医』をモチーフにした作品となる。
患者に“痛い死に方”をさせてしまったことで成長する在宅医・河田仁役を、どう演じたのか。
モデルとなった在宅医に取材
——『痛くない死に方』のオファーがあったときはどう思いましたか。
伴明さんからお声掛けいただいたと聞いただけで、「絶対やります!」と(笑)。
僕はもともと伴明さんの『火火』(04年)が大好きで、2005年公開の『檸檬のころ』(05年)という伴明さんがスーパーバーザーを務められていた映画に出させていただいてるんですよ。
その後に2回、お声掛けいただいたんですけど、どっちもスケジュールが合わず、『赤い玉、』に呼んでいただいたんですけど、それも2シーンだけだったので、不完全燃焼と言いますか。
悔しい思いがあったので、今回はうれしかったし、しかも主役という立場で呼んでいただいたら、題材なんて何でもいい(笑)。
それでお受けしたら、こういう役柄だったということです。
——在宅医の役で、患者は自宅で看取られたいと願う人々。役作りはどんなことを?
まずモデルの長尾先生にお会いして、クリニックを見学したり、往診に連れていってもらったりしました。これが役作りとしては、けっこう大きくて。
近所のおじさんがたまたま立ち寄ったような感じで、「こんにちは〜」って患者さんの家に入っていくんですよ。そして世間話をしながら、聴診器を当てたりしているので、お医者さんっていう感じがしない。
——長尾先生を追ったドキュメンタリー『けったいな町医者』(ナレーション・柄本佑、公開中)を拝見しましたが、本当にフランクに患者さんと話をされてましたね。
すごくフラット。
見てるとね、長尾先生は必ず患者さんのどこかを触りながら話してるんですよ。
安心感を与えるように腰に手を添えたり、手を握ったりしている。
それを見ながら、伴明さんが「佑、あれ、使えるな」って話してきて。「ですね、ですね。やりましょう」と言って採り入れました。
演技の「高低差」と監督の「許容量」
——映画の前半と後半では、患者さんとの向き合い方も容姿も別人のようでした。演じる上で意識したことは?
映画の半ばで、長尾先生がモデルの奥田瑛二さん演じる先輩在宅医の元で在宅医としてあるべき姿を模索し始めるため、長尾先生のイズムが出てくるのは、映画の後半。
そこで、ある種の高低差を付けることは考えましたね。
例えば、衣装。前半は白衣を着て髪型もきちんとしてるんですけど、後半はカジュアルなスタイルになっていく。
鍵になったのは、メガネです。衣装合わせでは伴明さんに「いらないんじゃないですかね」と言ってたんですけど、家で台本を読んでいたら、別の仕事でいただいたメガネが目に付いたんです。
「ああ、これを掛けると、前半がより冷たい感じになるなあ」と思って、「やっぱりメガネ、掛けていいですか?」と写メを送ったら、「おお、いいよ」と。だから劇中で使っているメガネは自前なんです。
あとは、そんなに作る必要がなかった気がしますね。
——なぜですか?
セリフを覚えて現場に行って、「てにをは」を間違えることなく言うだけでOKという本(脚本)だったんです。
伴明さんは、そうやってあらかじめ演出してるんですよね。だからキャストもスタッフも考える羽目になっていく。
——考える羽目?
そういうと言い方がアレですけど(笑)。
おのおのが自分の部署内で考えて持ち寄ってやったことを、監督が「いいよ、やろう」「それはやめようよ」と判断するという形。
伴明さんのすごいところは、そこで「やめようよ」が基本的にはないんですよ。許容の範囲がすごく広い。大きなところで言うと、前半の最後の家族に謝りに行く場面。脚本では、ただ淡々とセリフが書いてあるだけで、ビックリマークもないんですよ。
だからフラットに普通に言おうと考えていたら、撮影前日の夜に「あ、違うわ」と気付いて。
「自分のせいで人を死なせてるんだから、絶対こっちだ」と方向転換したんです。
——「申し訳ございませんでした!」と謝罪するシーンですね。
そのシーンが撮影2日目。よく考えると、1日目でそこに至る工程を伴明さんが作ってくれていた気がするんですよ。
そして本番では、それを見事に許容してくださって。
通常だったら、ある種のイメージを持って撮影に臨むと思うんですけど、それがない。
いや、それはもう、本に入ってたのかな? とにかく「どうやってもいいよ」っていう大らかさがすごいなと思いました。
——そんなふうに、現場に入ってみないと分からないこともあるんですね。
たくさんありますね。
だから極端な話、インまでにやることは、セリフを覚えることだけ。
イメージを持って現場に入っても、いざやってみると、いろんな部分で違いが出てくるから、その違いに対して、自分なりに合わせていくのか、合わせないのか、みたいなところでやっていく感じです。
「生き方」を考えるきっかけになれば
——完成した映画をご覧になっての感想は?
自分が出ているので客観的には見れないですけど、坂井(真紀)さん、余(貴美子)さん、(大谷)直子さん、宇崎(竜童)さん、奥田(瑛二)さんという並びに自分がいる喜び。そして「監督・脚本 高橋伴明」とクレジットされた映画に、僕の名前が入ってる喜びは大きかったですね。
イチ映画ファンとして、「俺、すげえところにいたな」と感じます。
——自分の最期の迎え方や、家族を看取るときのことを考えさせられました。そういうことは考えましたか。
……ないです(笑)。在宅で平穏死という選択肢があることを伝えたいという思いは、監督にはあったと思います。
ただ、自分自身はまだ……。でも、こういう接し方をしてくれる先生がいたらいいなという憧れはありましたし、河田に関しては、そんな存在であれたらいいなとは思ってました。
——『けったいな町医者』とセットで楽しめると思います。観客には、どんなふうに感じてもらえるとうれしいですか?
『けったいな町医者』はドキュメンタリーなので、「こういう先生がいらっしゃるんだ〜」と思って見ていただけるといいのかなと思うんですけど、『痛くない死に方』はフィクション。普通にエンタテインメントとして楽しんでいただきたいですね。
そして『痛くない死に方』は、実は「生き方」についての映画のような気がしてるんです。
例えば宇崎さんが演じた本多彰は余命1ヶ月で、河田はまだたぶん30年は生きる。長さの違いはあれど、残された時間を生きるっていう意味では、みんな同じですよね。
その時間をどう生きるかという、生に向かっていく映画のような気がするので、そういったことも感じてもらえたらありがたいなあと思っています。(後篇に続く)
映画『痛くない死に方』
2021年2月20日(土)よりシネスイッチ銀座ほか全国順次公開
出演: 柄本佑 坂井真紀 余貴美子 大谷直子 宇崎竜童 奥田瑛二
監督・脚本:高橋伴明 原作・医療監修:長尾和宏
制作:G・カンパニー 配給・宣伝:渋谷プロダクション
製作:「痛くない死に方」製作委員会
公式サイト:http://itakunaishinikata.com/
(c)「痛くない死に方」製作委員会
柄本佑(えもと・たすく)
誕生日 1986年12月16日
出身地 東京都
所属事務所 アルファエージェンシー
公式サイト http://www.alpha-agency.com/artist/emoto.html
公式ツイッター https://twitter.com/tasakueats